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第3回 フィル・ヘイル 〜フォトコラージュ、ブレアの肖像画、サージェントの影響

リアルとアンリアルが共存する、独特の世界観の絵を描くアーティストとして知られる、アメリカ生まれ、ロンドン在住のアーティスト、フィル・ヘイル(Phil Hale)

◎フィル・ヘイルへのインタビュー:2012年 5月
◎インタビュアー:アマンダ・アーランソン(Amanda Erlanson)

第1回 幼少期からフラゼッタとの出会い
第2回 リック・ベリー、マーベル、スティーヴン・キング
▼第3回 フォトコラージュ、ブレアの肖像画、サージェントの影響
第4回 肖像画家からの脱却、抽象化、繰り返される題材(最終回)


アマンダ: リック・ベリーはあなたに、人物を想像から描くように教え、記憶が最も重要で、写真をリファレンスにするのはごまかしに等しいと言っていたんですよね。彼の影響から逃れてロンドンに移ったのは、その教えを破ることも1つの目的だったのではないですか? 記憶に頼って描いたキャラクターは、特有の何かが欠けてしまうように感じていたのですよね。写真を描画の過程に取り入れ、アクションをしている人の写真をリファレンスに使うことで、人体の緊張や、不安定さといった、今までの絵画では描けなかった新しい表現を見つけていったわけですね。それを始めた時、何を自分が探しているか、わかっていたのですか? または、写真自体が発見のプロセスなのでしょうか?

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フィル:
人間の体だけではない。僕は、絵が画面外の何かとつながっているような感じを描きたいんだ。ドキュメンタリー写真がいい例だ。現実には行くことができない、完全な世界。その存在を疑うことはない。それに、僕は、作品に生の情報を込めたいと強く思っている。手を加えたり、形を変えたりするだけじゃなく、それを僕がどう思っているかもね。写真を使うのは、作品を構想するときの重要な部分でもある。言葉で説明するのは難しい。作り物ではなく、現実の中から何かを見つけたいんだ。原因と結果のような、単純な形でそれを理解したいんだよ。

それと、リックは写真をごまかしだとは考えていなかったことは言っておくべきだ。自分の中からイメージを作り出すのが、リックのやり方だったんだ。僕に同じ能力があったかどうかはわからない。なかったんだと思う。

アマンダ: ここ数年は、フォトコラージュを作っていますね。フォトコラージュ作品、奇妙な黒い金属製の機器のアマルガメーション、絵画作品のリファレンスとしてのコラージュ。絵画作品にも、フォトコラージュの不自然さをあえて残しているそうですね。コラージュの継ぎ目を隠すのではなく、面白く、不格好で、中途半端な感じを作品に取り込んでいると。フォトコラージュをリファレンスに使っているアーティストはたくさんいますが、ライティングを合わせて、要素を一体化させる人たちがほとんどです。この作為的な不自然さをどうやって見つけ、目の離せない不気味さをたたえた作品に仕立てていることについて、少し話してください。

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フィル: フォトコラージュを始めたのは、90年代の初期。理由の1つは、Photoshopが使えるようになったことだ。画像を操作するには、この上なく強力なツールだよね。でも、少しすると、その強力なコントロールが、画像に力を与えてくれるわけではないと分かった。画像を組み立てるために人為的に加えられた痕跡を示し、なおかつ画像として成り立たせる方法を探る方がずっと面白いように思えた。きっちりと処理をするよりもその方が効果的にも思えたんだ。つまり、継ぎ目の処理は鑑賞者に任せるわけだ。そうやって画像とのかかわりを持つことで、作品がその人のものになる。少なくとも、その解決にはかかわることになる。当初からそれを目指していたわけではないけれど、すぐにその効果が分かった。そこに気づいたときには嬉しかった。視覚的なことだけでなく、想像力とか、そこにあるストーリー(ナラティブ)がどう働くかを考えるようになったんだ。

アマンダ: あなたの経歴は、「変化」という言葉で形容するのがぴったりのようです。数年ごとにギアを変え、現状にとどまろうとしない。一時期は、イギリスのナショナル・ポートレート・ギャラリーに作品が収蔵され、肖像画家として知られるようになりました。トニー・ブレア首相の肖像画を描いた2008年が、そのピークでしたね。伝統を覆すように、ゆったりとしたポーズではなく、襟のボタンをはずし、けだるそうにどこかよそを見ている。彼の心にのしかかっている過去の失敗を見ているのかしら。ブレアの中に、何を見たのですか? 肖像画の伝統をふまえた椅子に座ったポーズではありますが、そこに緊張を持ち込もうとしたのですか?

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フィル:
肖像画は10代の頃から描いてた。僕の家族の歴史がそうさせたんだ。真剣に肖像画を突き詰めたことはない。それに、肖像画を描くのは手間のかかる大事だ。長時間、ものすごい注意力を傾けなくてはならないし、そうやって初めて、問題がどこにあるかが分かる。問題が分かったら、自分なりの方法を見つけて試さなくてはならない。マニエリストの様式をとらない限り、基準や期待は明確だ。ミスは許されないし、自分の弱点もあっという間にさらけ出される。僕はどうも気が進まない。

幸運だったのは、ロンドンでジェームズ・ロイド(James Lloyd)、ブレンダン・ケリー(Brendan Kelley)、ステュアート・ピアソン・ライト(Stuart Pearson Wright)といった、肖像画家たちと仲間になれたこと。素晴らしい画家たちばかりだ。ジャスティン・モーティマー(Justin Mortimer)もすばらしい肖像画家だけど、彼とは別の機会に知り合った。彼らの作品と並べると、僕の肖像画は、力強さが足りないし、何というか、正統ではないように思う。たぶん僕は、彼らと仲良くしていたかったんだ。彼らはまったく素晴らしくて、互いに支えあっている。行き過ぎだと思うほどだ。僕は10年間やってみて、僕には向いていないと悟ったんだ。僕の能力にも、好みにもぴったり来ない。だけど、今でも描くし、その時には楽しんでいるよ。

びっくりするだろうけど、僕は他人に対して感情的あるいは心理的な洞察をしたことはない。モデルはありのままの姿でいて、僕は手を加えずに、それを忠実に描くだけ。ブレア首相の肖像も同じこと。事実、あの肖像画は彼の外見を正確に写し取っただけで、政治的、個人的な意図は一切含んでいない。構図に味わいを与える、不安定にする、何かに誘導するといったことよりも、正確さを第一に描いた結果だった。

アマンダ: あなたはジョン・シンガー・サージェント(John Singer Sargent)を尊敬しているように見受けられます。作品から、サージェントの影響、彼の肖像画に込められているものと同じような雰囲気を感じます。サージェントの視点で、あなたが最も引き付けられるのはどこですか?

フィル: 彼は文句なしに素晴らしい画家だ。1マイルを3分で走るランナーのようなものだ*。筆さばきは人間離れしている。彼の作品が最も心を揺さぶるというわけではないけれど、技術面では学ぶことがたくさんある。彼の域に到達しようとしても、難しいことだ。(*訳注:一流のランナーで1マイルあたり4分。つまり、誰もできないことのたとえ)

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本記事は、2012年 5月 23日に行われたインタビューであり、ブログ「Erratic Phenomena」の翻訳です。執筆者およびアーティストの許可を得て掲載しています。

◎インタビュアーについて
アマンダ・アーランソン(Amanda Erlanson)は、ライターであり、収集家であり、アートブログ「Erratic Phenomena」の執筆者です。ロサンゼルス在住。そこでは、エンターテインメント業界とアートの世界を行き来している。最近の著作には、「Heroes & Villains」(共著)「Chris Berens: Mapping Infinity」「Andrew Hem: Dreams Towards Reality」「Mark Ryden: The Gay ‘90s」などがある。