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「4Fes! 2016・校正ライブ」レポート(しくみちゃんが行く!)「DTP&印刷スーパーしくみ事典」番外編

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はじめまして。「DTP&印刷スーパーしくみ事典」の編集を担当している生田です。印刷やデザインの周辺を日々探索しています。おもしろくてためになるレポートをお届けするべく、連載コラムをスタートすることになりました。よろしくお願いします。

連載第1回のレポートでは、5月27日(金)、28日(土)の2日間、東京都江東区大島にある紙加工の会社、篠原紙工が母体となったFactory 4Fが主催する、紙加工フェスティバル「4Fes! 2016」に行ってきましたので、体験レポートをお届けします。私は両日参加したのですが、このレポートでは27日(金)、前夜祭の特別企画として催された「校正ライブ」のことを書きたいと思います。

「校正ライブ」は、印刷前の出力紙(業界用語では「ゲラ」とも言います)をチェックする校正作業を体験できるもので、これまであまり例のないワークショップ。登壇するのは、荻窪『ブックカフェ6次元』の店主であるナカムラクニオ氏、校正・校閲を専門にお仕事をされておられる牟田都子氏、篠原紙工の代表である篠原慶丞氏の3氏。

夕方7時に会場に着き4階に上がると(4階にあるので「Factory 4F」と呼ばれている)、明日からの本祭に向けてFactory 4Fは普段とは違う雰囲気。照明を落とし、音質のよいオーディオシステムでアナログレコードを回してメロディアスな音楽が流れ、なんと天井にはミラーボールが! 紙加工の工場とは思えない空間で、いよいよスタートです。

ワークショップの展開に驚き

ワークショップの展開にわくわく期待していたのですが、なんとナカムラクニオ氏が書き下ろしたショートストーリーの印刷校正紙を読みながら、参加者全員が赤字を入れながら校正の実務を体験するというものでした。

校正紙は、表紙を含めた4枚の用紙で、参加者全員に配られました。1枚の用紙を半折りにして4ページ分が印刷されているので、4枚で計16ページのボリュームになります。用紙は製本前の状態で、まだ綴じられていません。

作業に入る前に、今回のワークショップの流れが説明されました。ワークショプの後半では、校正の指示を書き込んだ各自の校正紙は同社の1Fの工場に持ち込まれ、中綴じに加工されること、さらに製本された冊子は参加者が持ち帰ることができることが伝えられました。「ワオ!」と叫びたくなる展開です。製本後には、冊子の中央に穴を開ける加工が施されることも告げられます。この穴開け加工は意表をつかれました。完成品の真ん中に穴を開けるなんて、おそらく誰も予想していなかったでしょう。

 

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校正のおもしろさと厳しさ

実際に小説を読んでみると、ナカムラさんが書き起こした物語は、冊子に開けられた不思議な穴がテーマになっています。読者を異次元ワールドに誘い込む不思議な展開のストーリーに思わず引き込まれますが、片手には赤ペンを握りしめています。物語にのめりこむと冷静な判断を欠き、間違いの見落としにつながってしまいます。本番さながらのスリリングな作業です。物語を読みながら、誤字などの間違いを指摘して校正作業を進めます。

作業を終えると、参加者からいくつもの間違いが報告され、ページがみるみる赤字で埋まっていきます。当日会場には、さまざまな分野の方々が集まっており、印刷現場に携わっている方もいれば、まったく異分野の方もいました。それでもみなさん間違いを的確に指摘していました。

ナカムラさんの準備したテキストには、明らかな誤り以外に、プロでも判断が迷うような微妙な表現が含まれています。ナカムラさんが普段当たり前にように使っている表現でも、別の人が読むと直したくなる表現がいくつもみつかりました。牟田さんは「こうした場合は、鉛筆書きで問題点を指摘して、著者の意向を確認します」と説明してくれました。

牟田さんによると、校正・校閲者は、実際の作業でも鉛筆書きがほとんどだと言います。赤ペンで朱書きするのは明確な間違いの場合だけで、多くの場合は著者に確認をとってから最終的な直しの指示が決まると話します。特に小説の場合は、わずかの表記の違いであっても、著者が意図して、あえてその表記を採用している場合があるからだそうです。文章というのは書き手の個性の表れであり、それが魅力にもなっているものですから、単に正しい文章に直すだけの作業ではないということが実感できました。文字の扱いはデリケートで、慎重な作業が求められます。

校正・校閲は、間違いを指摘し正していくのが目的であり、責務です。でも、校正・校閲者が間違いを正したからといって褒めてくれるわけではありません。100%できて当たり前の世界だからです。印刷物にはわずかでも間違いがあってはなりません(グサッ)。厳しい仕事ですね。根気と集中力が求められます。後で知ったのですが、牟田さんはマラソンランナーでもあり、走り続けることを日課にしておられるようです。頭が下がります。

 

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穴から見えるもの

校正のワークショップが終わり、後半は篠原さんも加わってのトークライブです。3人の会話が楽しく、聞く方も一仕事終えた感じでリラックスして話に耳を傾けています。ナカムラさんはテレビのお仕事をしておられたそうで、とても話し上手。篠原さんに矢継ぎ早に質問を浴びせます。篠原さんのおもしろい体験談が披露されて会場は大いに湧きました。「これまでに経験した無理難題な注文は?」の問いには、篠原さんはしばらく考えて、「できないことはありません」というようなニュアンスで答えていたのが印象的でした。生産ラインにのらなければという前提付きですが。
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トークライブの間はミラーボールが大活躍。製本の作業場である空間が一瞬ディスコ(古っ)かと思わせる、おもしろい演出でした。トークの最中に、1Fでは製本加工が進み、できあがったものが4Fに運び込まれてきました。

完成した冊子を手に取ってみると、手触りもよく、かわいくていとおしい(笑)。中綴じの金具は色がついています。篠原紙工では金具の色を選ぶことができるとのことで、今回はメタリックブルーを使用しています。小説の雰囲気に合っていますね。
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最後に、冊子の中央に穴を開ける工程が待っています。実は、ページのレイアウトは中央に穴があっても読めるように工夫されていたのです。篠原さんが参加者全員の製本された冊子を手にして、5〜6冊ずつまとめて機械にかけて穴を開けていきます。

機械の前に立ち、数冊の本を手にして穴を開けていく光景は、まるで神聖な儀式のようでもあり、これまで感じたことのない不思議な感動を覚えました。丹精込めて作られた本、そこには著者や編集者、校正・校閲者、印刷会社など、この本に携わった人たちの思いが詰まっています。長い時間をかけて作られた一冊の冊子に穴を開けることでプロジェックトが完結するのです。

 

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ところで、何故(なにゆえ)に印刷物に穴を開けるのか? 禅問答みたいですが、その答えや解釈は人によって異なるでしょう。篠原紙工が手がける会社案内やFactory 4Fの印刷物を見てみると、そのほとんどには中央に穴が開いており、穴自体が会社のアイデンティティとして主張しているように見えます。その理由を一度尋ねてみたいと思っているのですが、野暮な質問かもしれません。

今こうして仕事場の窓を開けて、ワークショップで作った冊子を持ち、中央に開けられた穴を通して外の景色を見ています。周囲の木々の緑や建物が小さな円で切り取られ、いつもと違ったように見えます。いつも眺めている見慣れた風景なのですが、異次元への入り口のようにも感じられます。穴は、新しい出会いや発見の入り口なのかもしれませんね。

校正の実務

校正を行う際は、JISが定める「校正記号」をある程度知っておく必要があります。参考になる書籍がいくつか刊行されていますが、DTP検定II種試験の公式テキストになっている『印刷メディアディレクション』(ワークスコーポレーション刊)という書籍には校正記号の一覧が掲載されています。

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校正記号は、印刷物の制作現場では欠かせない知識なのですが、デザイン系の教育機関などで教えられる機会は少ないように思います。私も制作現場に入ってから覚えました。慣れないうちは校正記号表を脇に置いて作業しました。今でも参考書を読み返して、校正記号の書き込み方や、読み取り方を調べることがあります。

校正記号は、印刷の現場で培われた多くのノウハウが凝縮されています。古くはグーテンベルクの時代から校正作業はワークフローの中に組み込まれていました。校正を行うのは偉い先生や牧師さんだったそうです。現在でも、活字で組まれた版で試しに印刷したものを「ゲラ」と呼びますが、その語源は組み上がった金属活字の版を入れておく木製の箱「galley(ギャリー)」から来ているそうです。「ゲラ読み」というのは、本来は金属活字で組まれた版をチェックするという意味なのですね。

 

私たちの日常では、Webにアップするテキストも、SNSに書き込むテキストも、仕事の連絡のためのメールの文面も、アップする前に必ず読み返します。私たちの生活は、以前よりテキストで溢れ返っていますし、1日の中で読み書きするテキストの量が膨大になっていることが実感できるでしょう。

校正の技術は、推敲の技術を総まとめにしたような体系になっています。インターネットが隆盛の情報化社会だからこそ生きるスキルだと思います。ぜひ一度、参考書を紐解いてみてください。紐解いたら本がばらばらになっちゃったというギャグを思い出しました。では、次回をお楽しみに。

「校正ライブ」会場の写真提供:Factory 4F
その他の写真は筆者が撮影したものです

トップ画像イラスト:
© virinaflora / 96778600 / Adobe Stock

 

文:生田 信一
Far, Inc.(ファー・インク)