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榊原健祐のデザインの仕事『国際博物館会議 第25回世界大会 ロゴマーク』

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2019年9月、世界137カ国の博物館関係者で構成する国際博物館会議(ICOM)の世界博物館大会が京都で開催されることが決まった。3年に1度開かれる本大会は、世界から専門家2500人が集結し、博物館にまつわるシンポジウムや講演などを行う文化イベントだ。1948年の第1回大会以来、日本での開催は初となる。
2014年12月、本大会の京都への招致活動および大会公式として使用するロゴマークの公募があり、榊原健祐氏のデザインが最優秀作品を受賞した。今回のコンペへの応募の経緯とデザインコンセプトについてご本人に話を伺った。

榊原健祐(Kensuke Sakakibara)
Iroha Design http://irohadesign.net/
グラフィックデザイナー・アートディレクター。愛知県立芸術大学卒業後、松永真デザイン事務所を経て、Iroha Designを設立。ロゴタイプ、CI、VI、ブック、展覧会サイン、エディトリアル、パーケージ、広告などの多方面で活躍している。

国際博物館会議(ICOM日本委員会)
国際博物館会議 第25回世界大会「ロゴマーク」公募要項


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——「ICOM 2019」のロゴマークのコンペに応募されたきっかけを教えてください。

博物館関係のお仕事をされている知り合いの方が、今回のロゴ公募のお知らせをFacebookにアップされていて、偶然その記事を見かけたのがきっかけです。
恥ずかしながら僕は「ICOM」のことは知らなかったのですが、「世界博物館会議」と聞いて、すごく大規模な会議のように感じました。もし採用されれば、世界中の関係者の目に触れることになるので、名誉なことだと思って応募することにしたのです。
公募を知ってから締切まで2~3週間しかなかったので、急いで制作しました。公募要件には1案までという制限はなかったので3案を提出し、そのうちの一つが今回受賞したデザインです。

——ロゴマークのデザインコンセプトについて教えてください。

当時はまだ開催国が決まっていない状況だったので、公式ロゴという前に、まずは誘致のロゴであるという点を重視し、世界にアピールするためにはストレートなコミュニケーションが必要だと考えました。
「日本」で開催すること、そして「京都」で開催すること、この2つが一目で分かるようにしなければいけない。そう思ったとき、日本を象徴する「日の丸」と、京都を象徴する東寺の「五重塔」がパッと思い浮かびました。ただ同時に、このアイデアは誰でも思いつくだろうとも思いました。
実際、ICOM「O」「日の丸」にするアイデアは、ほとんどのデザイナーが思いつくものでしょう。なので、もうちょっと“ひねり”があった方がいいのではないかとか、デザイナーとして何か新しい表現を追求する必要があるのではないかとも考えました。しかし、今回のロゴは世界にアピールするためのもの日本国内だけで考えるときのような目新しさは必要ないと判断しました。

というのも、ICOMのロゴ公募を知る約2ヵ月前に、たまたまニューヨークに行ってまして、アメリカの都市のコミュニケーションのストレート具合を目の当たりにしたことが大きく影響しています。
ニューヨークには、いろいろな人種の方々が住んでいますし、言語も文化も宗教も多様です。そういった場所でコミュニケーションをとる方法は、無機質無感情ニュートラル。微妙な部分を全て削ぎ落とし、か、か、という記号のようなものでした。その割り切りの潔さに、とても感動したのです。
日本でも有名な「I♡NY」は、まさにそれを示す象徴的なロゴになっていると思います。
国内にいるだけでは、気がつかなかったコミュニケーションのとり方かもしれません。そういう経験もあって、世界にアピールし、世界中の人とコミュニケーションするためのロゴを作るうえでは、その割り切り方が必要だなと、あえてひねりなくストレートに表現することにしました。

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『ICOM 2019』の誘致および公式ロゴ
「ICOM」「2019」「KYOTO」の文字を入れることが指定されていた

——ロゴのデザイン制作について教えてください。

「日の丸」の中に「五重塔」を入れるアイデアも最初からありました。シルエットを使ってネガポジで見せるデザインもよくある手法です。
とはいえ、塔をどの位置に置くのか、左なのか、右なのか、真ん中なのか、という点には正解がないので迷いました。日本の文化的なことを踏まえるとシンメトリーはないかなと思ったので、少しずらして空間を生かしています。
そして、「日の丸」が上にあった方が、朝日にせよ、夕日にせよ、その前後の時間の余韻を感じられると思って、塔はやや下に配置しています。相輪の先端は「日の丸」の中にギリギリ入るようにしました。かなり試行錯誤しましたが、結果的には緊張感が生まれ、良かったと思っています。
また、ロゴを拡大して使っても耐えられるように、塔のディテールは細かめにしています。

「ICOM 2019」の文字は、田中一光先生の「光朝体」(モリサワ)です。「光朝体」は、伝統を感じさせつつ洗練された都会的なイメージを持つモダン・ローマンな書体であるということ、かつ田中一光先生は京都市立美術専門学校(現 京都市立芸術大学)を卒業されているので、京都にもゆかりが深い方ということで、すぐに決まりました。もちろん他にも、BodoniDidotHelveticaDINCaslonGaramondなど、同じ系統の書体から、サンセリフやオーソドックスな書体までいろいろ検討しましたが、最後はやっぱり「光朝体」に落ち着きました。

ちなみに、「日の丸」の中には「五重塔」が入っていますが、「五重塔」の代わりに他のモチーフを入れて展開させることもできると思っています。例えば、ICOMは複数の会場を使って行われるので、会場になる建物のシルエットを展開していくようなことも考えられそうです。それをスタンプラリーにするイベントがあってもおもしろいかもしれませんね。むしろそのお仕事をやらせていただきたいです(笑)。

——提出した他の2点のロゴについて教えてください。

最初に思いついた「日の丸」と「五重塔」でいくことに決めましたが、その反面、あまりにもオーソドックス過ぎるかなという心持ちもあり、まだ締め切りまで時間もありましたので、日本的でかつ京都を象徴するようなモチーフを、他にもいくつか考えました。
その中で、蛇目番傘はわりと気持ちよく形が収まったので、これをもう一案として提出しました。傘の形も色味も分かりやすくリアルな描写にしています。
一方、ゲタのデザインは、実は浪人時代に「日本をテーマに平面構成しなさい」というような課題で作った作品をアレンジしたものです。デッサン的に難しく、作るのに一番時間がかかっています。足袋の白が空間に溶け込むようにするのに、かなり試行錯誤しました。もっと誰が見てもすぐに“下駄”だとわかるような形を追究できると良かったのかもしれません。ただひょっとしたら、下駄は他国の人にとっては分かりにくいモチーフなのかもしれないという気もしています。

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今回提出した残り2つのロゴマーク
右下は美大予備校に通っていたときに制作したもの

——今回のロゴを作ってみていかがでしたか?

普段のCIやロゴの仕事では会社関係が多く、会社関係の場合は、クライアントさんのフィロソフィーを反映することに徹しますが、「ICOM 2019」のロゴは日本代表です。今回は、自分も日本人の一人という視点で、日本をアピールすることを考えて作りました。
そして、このロゴは、今後が大事だと思っています。大会に向けてどう運用されていくか、それ次第でロゴの真価も変わりますし、大会自体のイメージにも大きく関わってきます。デザイナーとしては、ロゴだけ作って終わりでなく、大会全体のイメージ作りにも関わっていけたらなと願っております。