デザイナーがプロデュースするタイポグラフィ専門の古書店&ギャラリー「serif s」立ち上げの裏話を聞く セイタロウデザイン山崎晴太郎氏(後編)
金沢の名物古書店「南陽堂」跡地に建てられたserif sは、新たに人々に文字の魅力を提供する。セイタロウデザイン代表の山崎晴太郎氏に、立ち上げまでとこれからの話をうかがったインタビューを2回に分けてお伝えする。
今回の後編では、店舗が形になるまでのエピソードや南陽堂とserif sとの繋がり、これからのserif sの展開について聞いた。

山崎晴太郎(やまざき せいたろう)/株式会社セイタロウデザイン代表、アートディレクター、デザイナー
82年生まれ。神奈川県横浜市出身。立教大学社会学部現代文化学科卒業。京都造形大学大学院建築デザイン専攻修了。PR エージェンシーを経て、2008年に株式会社セイタロウデザインを設立。企業のデザインブランディングやプロモーション設計を中心に、グラフィック、 Web・建築・プロダクトと多様なチャネルのアートディレクションおよびデザインワークを手がける
偶然が重なって出来上がった店舗

――店舗は金沢で有名な古書店「南陽堂*1南陽堂:金沢市尾張町の老舗古書店。2013年閉店。この物件を改修し現在のserif sに。」の跡地ですよね。建築面から見た店舗について教えて下さい。
既存建物の1階部分だけを改修しています。この物件を選んだ理由としては、建築的な面白さがあったこと、立地が抜群にいいこと、オーナーが「ギャラリー三田*2ギャラリー三田:旧三田商店。藩政末期から続く商店で、昭和5年に当時最先端だった洋館風の建物を建築。」というギャラリーをやっている方なので文化的理解があったこと、という所が絡み合って決めました。


当初は地面も柱も壁も歪んでいて、本当にボロボロだったので、既存構造の内部に、内壁を作るような改装をしました。内装を全て取り払ってモルタルも打ち直したんですが、2週間も経つとヒビが入るなどのイレギュラーな事がたくさん起こりました。解体した時には壁の下地から当時の新聞が出てきて、今回のギャラリーで展示中の作品のモチーフとして使用しています。

――内装と外装のデザインは全て山崎さんが手掛けられたんでしょうか?
はい。内装と外装は僕が全部デザインしています。壁面の展示スペースの背面には和紙を貼っているんですが、ここはグラフィックの仕事の中で調べたもっとも黒濃度の高い染和紙を使っています。この黒さの和紙ってなかなか無いんですよね。


実は、お店のフロントのレンガには、由緒あるものを使っています。隣のギャラリー三田のオーナーさんが保存していたものをもらったんです。これは、昭和初期にギャラリー三田(当時、「三田商店」)が「最先端のものを作ろう」ということで東京帝国劇場を模して作ったレンガなんです。たまたまなんですが、店舗の塗装が終わった後、オーナーさんと「ここにはこのレンガ合うんじゃない?」みたいな話になって、オープンの前日だったんですけど、翌日にお店に来たらもうレンガを貼ってくれていて(笑)。嬉しかったですね。また、境界の段差部には、戸室石*3戸室石:金沢市戸室山から産出される石。金沢城の石垣にも用いられている。という石が使われていて、これは金沢城の石垣に使われている石で、大変貴重なものなんだそうです。

――店舗はすっかり綺麗になりましたが、古くからのものが結構残っていますね。
南陽堂さんの閉店は2、3年前だと思うんですけど、それから手つかずのまま、建物も使い道が無くて、あの状態でした。ただ、有名な南陽堂っていう事でみなさんやっぱり気になっていたようです。そこに新しくお店ができて、かつそれが同じように本を扱って、ということで期待値もすごく高くて。いろいろな偶然が重なって、今の店舗の形ができた感じですね。
僕は筆や活版印刷機のような、アナログの手法が好きなんです。僕がもともとやりたかった事として、時代とか素材が持っている時間軸のようなものをどうやって紡いでいくか、という事が大きな思いとしてありました。今回はそういう事が自然と繋がっていったので、本当に面白いなと感じています。

南陽堂店主が残したスクラップブックと、第1回の展示
――現在はギャラリーで南陽堂が残したスクラップブックを元にした第1回の展示をされていますね。スクラップブックはどういったものだったのでしょうか
スクラップブックは南陽堂店主の遺品なんですが、これも隣のギャラリー三田さんに「何かの役に立てば」と頂いたものです。中は薬剤の広告のスクラップが多いですね。薬の広告が当時多かったのかなと推測しています。その中の何個かをピックアップして、そこから受け取った要素を分解し、再構築する、といった方法で今回は作品を作っています。

具体的には、要素を切っていって、文字に置き換えたり、輪郭の置き方をちょっと変えていく、といった事をしています。元になるものがあって、視覚的な重さだけを掬い取っているんです。ここに重心を作ってあげて、ここに視覚動線をのせて、と。元になったものと並べて展示しているんですが、並べてみないと、多分どこがどう変わったか分からないし、気付かないような作品になっています。
――展示を見ると南陽堂の店主もデザイン的なものが好きだった様な気がしますね。
そんな感じがしますよね。昔の広告の文字ってすごく面白いんですよ。

――基本的に展示はタイポグラフィに絞って実施するのですか?
そうですね。しばらくはそうしようかなと思っています。文字を使った作品だったり、文字にインスピレーションを受けた作品を展示していければいいなと。ひとつのフォントだけをテーマに、展示をしてもいいと思います。セイタロウデザインの中で作ったものだけに限定せずに、展示をやりたい人がいたらやってもらっていいと思っています。シェアオフィスで入っている方がデザイナーや建築家なので、彼らにやってもらってもいいかもしれませんね。
僕はグラフィックも建築もやっていますが、タイポの1文字目と、建築の最初の線を引く感覚がすごく似ているんですよ。建築で言うと、まずまっさらな敷地があって、そこに方向性だったり、風の流れや太陽の位置などの敷地的な諸条件があって、その中にボリュームを置いていくといった行為と、グラフィックで言うと、真っ白なページがあって、情報量みたいなものがなんとなくその中に浮遊していて、ページの中に定着させていくっていう行為がとても似ているなと思うんです。それをギャラリーで表現したいと思っています。同じものから文字で表現するとこうなって、建築で表現するとこうなる、みたいな、そういうことも伝えられるんじゃないかと思っています。
――将来的には、展示はグラフィックだけにとどまらなさそうですね。
モノになる事もあると思いますし、建築模型みたいな場合もあるでしょうし。遊び場という感じなので、あえて決める必要もないかなって。だから、使いたいと思っている人にはどんどん使ってもらいたいですね。中身が変わっっていった方が、街にとっても面白いと思いますし。
serif sの今後について
――最後に今後のお店の展開について考えている事をお聞かせ下さい。
みんなに自由に使ってもらえるような工夫をしていこうと思っています。活版のワークショップを開催していくこと、本の購入はカード決済を導入したりして、もう少し身近に買ってもらえるようにすること、活版印刷機と本を連携させて、ひと手間かけてブックカバーなど何かに使えるような施策も行います。あとは来た人が長居できるように椅子を入れることも考えています。ギャラリーは街に開いていくような運営をしていくということですかね。店舗はもとより、ベースは支社なので、支社としても頑張ります。

今は奥にオフィスがあるんですが、お客さんともう少し近くてもいいなと思ってるので、店のエリアで仕事をしてもいいかなと考えています。案外、引き合いが多いので、シェアオフィススペースを拡張しようとも思っています。まだ2階は手つかずのままなので、結構時間がかかると思いますけど、そちらも少しずつ直していきたいですね。そうすると、もしかしたらいつか泊まれるようにもなるかも知れないですよ(笑)。

serif s(セリフエス)
住所 : 〒920-0902 石川県金沢市尾張町1-8-7
電話番号 : 076-208-3067
営業時間 : 平日11:00~19:00/土日12:00 ~ 18:00
定休日: 水曜日
Webサイト : http://serif-s.com/
注